むか新の歴史 HISTORY OF MUKASHIN

始まりは明治の
小さなむらしぐれ本舗でした

日本が異文化を取り入れ新しい時代へ進みはじめたころ、むか新は生まれました。
約128年、決して平坦な道ではありませんでしたが、みなさまの支えがあり、今まで続けることができました。
そして、これからも。100年、200年…この先ずっと愛されるお菓子を、むか新はつくり続けていきます。

初代向井新與門(しんよもん)が佐野町(現、大阪府泉佐野市)で生菓子店を始める。
その後、向井家長男がむか新の経営者となり、名に「新」の字が付けられた。

昔は杉板で挟み、竹皮で包装したので、カビと乾燥が欠点でした。ナイロンで包んで蒸気殺菌するなど改良を重ね、近年ではエージレスを入れてカビを防止しています。

佐野駅の客車で向新の「村時雨」(現、むらしぐれ)を販売。

2代目向井為吉が日根野郡佐野村(現、大阪府泉佐野市栄町)に「御菓子司 向新本店」として新築移転。

4代目向井新重郎生まれる。「新」を重ねる意味で新重郎と名付けられた4代目は、度量の座った男であった。

4代目向井新重郎が「株式会社向新」として法人化。

泉佐野駅前商店街に「駅前通り店」を開店。

時代を見据えた出店。

これまで人の集まる場所は神社や寺の近くでしたが「これからは電車の時代」とあえて駅前に店を出しました。「佐野の関所」の看板を掲げた駅前通り店。郷土史家土丸屋常男氏いわく「駅前通り店では、むらしぐれ・千石・右近・長者饅頭・いろは最中(現、いろは蔵)が飛ぶように売れた」そうです。

4代目向井新重郎が34歳の若さで急逝。
新重郎の妻 房栄が社長を引き継ぐ。

新重郎亡き後、妻房栄が社長を引き継ぎましたが、当時小切手の振出人が女名義では信用されなかったため4代目新重郎の実弟啓次郎に助けを乞いました。
啓次郎は食への造詣が深く、専門家からも一目置かれていました。大阪市内の料亭などでは「向井さんの言うことはその通りにしろ」と店主が料理人に言い聞かせたと言う逸話も。

4代目新重郎の妻 房栄で急逝。
5代目向井新が24歳の若さで社長に就任。
泉大津駅ビル店を開店。

南海本線泉佐野駅前に本社ビルを構え「銘菓創庵むか新」と改称。お客さまにお茶出しを始め、お茶や陶器の販売も始める。

10月、熊取店(泉南郡熊取町)開店。
地域初の郊外店。開店記念銘菓として従来の最中を改良した「いろは蔵」は開店記念銘菓。

工場を泉佐野市栄町から羽倉崎に新築移設。
同時に羽倉崎店を開店。
「スイートパルレ」を販売。のちの「こがしバターケーキ」の原型となる。

岸和田店(岸和田市)を開店。

阪南店(阪南市)を開店。
7月、羽倉崎に第2工場を建設。衛生的な「どら焼き」の自動ラインを導入し、現在の「本銅羅」を発売する。

泉南店(泉南市)を開店。
4月、創業100周年記念銘菓として、「あぜ餅(缶入)」を発売する。贈答としても人気が高まった。

9月関空店(関西国際空港2階)を開店。開港記念銘菓「大阪みたらしだんご」発売。ユニークな発想は、多くのメディア等でも話題となり、大阪土産空前の大ヒット。関空土産ランキング1位になる。
久米田店(岸和田市)を開店。

エアロプラザ店(関西国際空港2階)を開店。

もず店(堺市)を開店。堺市に初出店。
伊丹空港でも「大阪みたらしだんご」を販売開始。

泉北店と堺店を開店。

本部と工場を泉佐野市羽倉崎に増築。
この頃、洋菓子のギフトブランドSACCAI誕生。

16世紀頃から始まった南蛮貿易当時を描いた絵には「SACCAI」と記されて貿易で賑わう堺港が見られる。当時の異国ロマンをお菓子で表現したブランドです。

葛の葉店(和泉市)を開店。
この頃、和菓子のギフトブランド「泉州いろいろ」と、バター煎餅「食野長者」を発売。

初のカフェ付き大型店舗、和泉の国本館(和泉市)を開店。いろはカフェを併設し、開店記念銘菓として「こがしバターケーキ」を発売。

和泉の国3周年を記念して、店内工房SACCAISTUDIOオープン。焼き菓子の実演と、フィナンシェの販売を本格的に開始。
12月、金岡公園店(堺市)を開店。
10月、とろろんプリン発売。
11月、3年の研究開発の末「むらしぐれ小函」発売。棹物が常識だったむらしぐれを切る手間なく食べられるように改良。

岩出店(和歌山県岩出市)を開店。和歌山県に初出店。

コナズパパのプリン工房(泉佐野りんくう)開店。
プリンをはじめとする洋生菓子ブランドとして「コナズパパ」を立ち上げる。オープニングでは、とろろんプリンの生産が追いつかないほどであった。
この頃、駅前開発に伴い、駅前通り店閉店。

堺店を宿院通りに移転し、堺本館として開店。
11月、新工場竣工、稼働。最新鋭の設備を装備し、衛生レベルが格段に上がる。
「大阪みたらしだんご」テレビCMはじまる。

1月、和歌山北店(和歌山市)を開店。
3月、JR大阪駅デザートテラス店を期間限定で開店。
4月、貝塚店(貝塚市)を開店。
5月、「こがしバターケーキ」がモンドセレクション金賞受賞。これを期に大阪土産として空港やサービスエリアでも販売を始める。

5月に再び「こがしバターケーキ」がモンドセレクション金賞受賞。地域の安全を願い、ひったくり防止カバーの無料配布を行う。

創業120周年を期にロゴマークと手提げ袋、包材を一新。
「チョコレート饅頭 南蛮航路」発売。
「こがしバターケーキ」が3年連続モンドセレクション金賞受賞。
未来の子供たちへの社会貢献事業あのねフェスティバル開催。

地域の子ども達の
豊かな表現力を育む活動

子ども達の豊かな表現力を育てる「あのね帳教育」の創始者である、泉佐野市出身の鹿島和夫先生監修のもと、泉佐野市文化振興財団と共催で「あのね文庫 詩コンクール」を開催しています。

「120周年記念銘菓 南蛮航路」を発売。
「こがしバターケーキ」がモンドセレクション金賞受賞(3年連続)・iTQi 優秀味覚賞3つ星受賞。

「こがしバターケーキ」がモンドセレクション金賞受賞(4年連続)・iTQi 優秀味覚賞3つ星受賞(2年連続)・DLG[ドイツ国際品質競技会]金賞。

「こがしバターケーキ」がモンドセレクション金賞受賞(5年連続)・iTQi 優秀味覚賞3つ星受賞(3年連続)。
「こがしバターサブレ」を発売。

「こがしバターケーキ」がモンドセレクション金賞受賞(6年連続)・iTQi 優秀味覚賞3つ星受賞(4年連続)。

6代目向井新将が社長に就任。
「125周年記念銘菓 こがしバターの千年バウム」を発売。

六代目店主が北海道で修行していたときにみたバウムクーヘン。「いつかつくってみたい」そう夢をみて10年余り。
125周年を記念する銘菓として発売しました。
包装紙、手提げ袋のデザインも125周年を記念しリニューアル。

「しょこら饅頭」を発売。

むか新のチョコレート饅頭「南蛮航路」をもっとおいしくしたい...その想いから生まれた究極のチョコレート和菓子。

「さくらの右近」を発売。

むか新定番のおまんじゅう「右近」に春限定の桜味が登場。さくらの右近から季節限定の右近がはじまりました。

「泉州たまねぎサブレ」を発売。

甘さがちがう!地元泉佐野市、射手矢農園さんのプレミアム泉州たまねぎをつかいました。

「こがしバターケーキ」がモンドセレクション最高金賞受賞(3年連続)。
「泉州たまねぎサブレ」が大阪産(もん)に認定。

農作物や水産物など、大阪で豊かに獲れる食材や、それらを活かした商品として射手矢農園さんのプレミアム泉州たまねぎをつかった「泉州たまねぎ サブレ」大阪産(もん)に認定されました。

「むらしぐれ小函」が大阪産(もん)名品に認定。

大阪産(もん)名品とは、大阪における 伝統・物語性・地域性などの個性や特 徴があり、名品としてふさわしいと認定 された商品です。 むらしぐれは創業当時から長らく親し まれているお菓子で、その歴史が認め られました。

「地元泉佐野 北庄司酒造さんとのコラボ 大吟醸酒粕生チョコ餅」「和歌山の人気カフェFAVORITE COFFEEさんとのコラボ 珈琲しぐれ 」を発売。
「こがしバターケーキ」がモンドセレクション最高金賞受賞(4年連続)。

和歌山県九度山町奥いちご農園さんの苺をつかった「九度山苺大福」、「九度山いちごロール」、羽曳野市G-Grape Farmさんのシャインマスカットをつかった大福「小林さんの想い」を販売。
泉佐野の農家の方々に契約栽培していただいたもち米を皮につかい「いろは蔵」がリニューアル。

地域の農家さんにご協力いただき、大切に育てた旬の果物をつかったお菓子づくりの取り組みが始まりました。

「こがしバターケーキ」がリニューアル。
バターをつかった洋菓子ギフトがBAKED BUTTER CLASSICSとしてリニューアル。

[出典]向井家永代過去帖

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